こんにちは。

火曜担当の大野です。

 

雪山キャンプでは、コンパスワークの実践としてスノーシュートレッキングを行いました。

中学生がグループを引率し、高校生キャンプリーダーたちはゲスト役を演じます。

 

このゲスト役、おなかが空いただの、疲れたと言って雪の上に寝転んだり、違う方向に歩こうとしたりと、わざと引率者を困らせる行動を取るので引率者はもう大変!無事にグループをゴールに連れていくため、英語が苦手な子も短いセンテンスを駆使してグループをまとめようととてもよくがんばりました。

 

このアクティビティのアンケートの中に

「ゲスト役がリーダーの指示に従わない時、あなたはどのように対処しましたか?」

という項目があります。中学生の答えはとても興味深いものでした。

・ついてくるようお願いした

・話を聞いて説得した

・おかしをあげた

・腕をひっぱった

・後ろから声をかけながら歩くようにした などなど…

 

はて。どこかで聞いた話では?

 

そうです。子供たちのイヤイヤ期、わからんちん時代の自分を思い出したのです。

何を言ってもイヤイヤ、座って寝転がって一歩も動こうとしない、もはや何で泣いているのか自分でも分からないほどのギャン泣き、ありましたねぇ。懐かしい思い出です。

 

そのイメージを持ってこの質問を見たとき、「子供が言う事を聞かない時、あなたはどのように対処しましたか?」に置き換えられ、中学生の回答はまるでママたちの回答のよう。

もしや、親御さんの対処がそのまま表れているのでは?と思えたのです。

 

以前のブログで、人種差別の考えを持つ人は子供を見るとすぐ気づく、特定の人種のクラスメイトに対して明らかに差別的な発言や態度を取る子供の態度から、愛想のよい親の真の考えが露わになってしまった、という一例を挙げました。

 

差別は他人種に対するものに限りません。カースト制度が廃止されてもなお、根強い階級意識を持つインド人が少なくないのだと感じたのは、肌の色がさほど濃くないインド人のママ(元上層階級)が肌の色が濃いインド人のママに自分からは決して話しかけない事実を知った時です(話しかけられて無視することはありませんが)。当然、その子供も同様の態度で、それまでほとんどインドの人と関わりを持ったことがなかった私にはとても衝撃的でした。

 

世の中のことがまだ分かっていない幼い年ごろの子供にとって、子供が発する言葉や態度は親の影響と考えて然るべき。娘が幼い頃、ママが2人いるね、とよく言われたものです。

 

人種差別とイヤイヤ幼児の対処は違う、と思われるかもしれませんが、親が子に見せた態度や言葉がそのまま第三者に対して体現されているという意味ではまったく同一です。そして上述のアンケートの回答を見るまでもなく、中学生になってもその傾向が否定できない事実をみなさんも見聞きしたことがあるのではないでしょうか。

 

たとえば、学校で自分より成績順位の低い子をバカにする子、経済的な違いを人の優劣と同様に捉えて完全に人としての価値を履き違えている子(どちらも子供たちが学校で経験した例です)。思っているだけではなく、相手を蔑み切りつけるような言葉にして発するからタチが悪い。日頃から親御さんが言っているのかなと、つい思ってしまいます。そして、三つ子の魂を自力で断ち切ってくれたらいいな、と願わずにいられません。

 

多様性を受け入れられる子になってほしいと願う親御さんは多いでしょう。相手やその背景を理解するということは、自分中心の心根-説き伏せる、指示する-ではなく、ましてやごまかしてうやむやにする-おやつをあげる-のでもなく、まず相手がどう思うかを考えられる思いやりと対話が必要ですよね?みんな思いやりの種を持って生まれているはず。

日々の暮らしの中で、とりわけ親子のやり取りの中でその芽が出るのではないかと思うと同時に、我が子の種は育っているのだろうかと考えさせられます。

 

娘の学友に、ある国で大手ディベロッパーを営む家のお嬢さんがいました。お父さんが常に高額所得者ランキングに入っているお金持ちです。この子は、すべての物事をお金で解決するようなご両親や兄姉の暮らしぶりに嫌気がさして寮生活を選んだ、今はそのお金で暮らすしかないけれど早く自分の力で生きられるようになりたい、と言ったそうです。

 

この子が将来イヤイヤ期の子供をもった時、どう対処するのかな、とふと思います。

雪山キャンプのアンケート、我が身を省みるいい機会になりました。中学生に感謝です。

 

ではまた次回!