こんにちは。

火曜担当の大野です。

 

我が子の学友たちは、多種多様なバックグラウンドを持った子たちで溢れています。

出身は?と聞くと、国籍は〇〇だけど生まれ育ったのは違う国なんていうのはざらで、国際結婚カップルの子なら両親の国籍は違うし、移民の第3世代だったりすると両親と祖父母の国籍がちがうなどとI’m fromに続いて3つも4つも国名を並べる子もいます。

 

それでも最初に口にするのはやはり、国籍を持つ国のように感じます。

我が子たちも聞かれれば「日本人だけどシンガポールから来ました」のように答えます。

 

島国ニッポンで生まれ育ち、日本のパスポートしか取得しようのない私にはI’m fromに続くのはJapanのみ。彼らはその優先順位をどうやって決めているのだろうとふと疑問に思いました。

 

我が子たちは宮城県仙台市で生まれ、それぞれ3歳7か月、0歳7か月で日本を離れマレーシアでその後8年半を過ごしました。おかげでシンガポールに引っ越した時にはマレーシアに「帰りたい」とべそをかかれたものです。

 

当時、日本は「行く」ところ。子供たちにとって帰るところではありませんでした。

それもそのはず、まったく暮らした記憶のない場所を帰るところと思うわけがないですよね。

 

ですが「日本人」であることは日常的に意識させられます。学校のイベントの際、着物(実際は浴衣ですが)を着てきてほしいと言われたり、ランチに持参した日本式のお弁当を物珍しく覗き込まれたり、はたまた授業で第2次世界大戦について学んだ時には日本兵が取った行動に対してクラスメイトから冷ややかなひとことを言われたり。本人がどう思っていようと、周りは日本人として接してきます。

 

家庭ではというと、両親は日本で生まれ育った日本人、会話は日本語、スープよりお味噌汁の出番の方が多いし、季節の行事も日本の暦に沿っています。

 

周りの外国人家庭を見ていても、やはり親が慣れ親しんだ背景をベースにした暮らしぶりが伺えます。日本にも輸入品を多く取り扱う在住外国人ご用達スーパーがあるように、こちらでも各国からの輸入品を揃える国別スーパーが祖国の味を求める人のために点在します。子供たちが習うスポーツもお国柄があって、イギリス系の子はサッカー、オーストラリアやニュージーランド系の子はラグビーをやっている子が多いです。

 

アイデンティティという言葉がありますね。辞書を引くと、意味の一つに「国・民族・組織などある特定集団への帰属意識」とあります。日々の暮らしを取り巻く環境が自分を形成する大きな要因の一つであるなら、子供の場合、それは親から与えられることが多いために親の暮らしぶりや考え方がそのまま子供のアイデンティティ形成に繋がると言えるかもしれません。

 

少し逸れますが事実として、今でも階級差別にこだわっている人、人種差別的な考えを持つ親の子は、自分の考えを持って行動するようになるまで、その親の考え方が明らかに分かるような行動を取ります。子は鏡とは言い得て妙です。これについてはまたあらためて。

 

話を戻すと、育った場所よりも、どんな文化の中で育ったかということが本人の「どこの人」という帰属意識に優先的に影響しているということ、そしてその文化は子供にとって最も身近な家庭環境からまずは染み込んでくるものだということです。

 

家庭をベースとして「○○人」となる。そのベースに何がどう積まれているかでI’m fromに続く国名の順番も変わってくるのかな、と思います。

 

そう考えると、私のように日本国籍を持ち日本の中にしかいなかった私と、物心ついた時から日本国籍を持ちながら日本国外で暮らしてきた我が子たちとでは、アイデンティティは異なるでしょう。

 

最も大きな違いは「帰るところ」の部分です。私にとって日本、中でも特に生まれ育った仙台が帰るところです。今は実家もありますが、たとえ実家がなかったとしても通った学校があって住み続けている友達がいて、仙台そのものが帰るところです。

今は我が子たちの帰るところは私たちがいるところ。それも今後の彼らの人生の中で変わってくるんだろうな、と思います。

 

パラパラご飯(タイ米のことです)の方が好きかも、とかワンさん(どローカルなレストラン)でご飯食べよう、と言う我が子たち、将来はマレー半島に「帰る」って言うのかしら?

いやいや、やっぱりママのご飯とお味噌汁はホッとする~と帰ってきてもらいたい!

ここのところのさぼり気味を反省しつつ… ではまた次回。

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